規範的なもの

ホネット『自由の権利』の「訳者あとがき」では、規範的な意味での普遍性について少し疑問を書いたのだけど、考えてみると、最初からそれほど問題になっていないのかもしれない。(歴史目的論の要素を除くなら)慣習的なものが重視されており、であれば、それは各社会・各文化によって異なるだろうし、したがって、社会的自由(の一部)もまたその実現のあり方は各社会・各文化によって違ってくるだろう。そのどれが正しいということにはならない……のかな?